日曜美術館で久しぶりに圧倒される絵画を見た。無言館の絵画かな、とりあえず見てみようと思ったら、東京芸術大学所蔵の絵画だった。
戦前のデザイン科の学生の卒業制作とは思えない現代に通じる絵画だった。当然、死は覚悟していたはずで、全力で自信を持って描き上げたという。生きて帰っていれば、戦後日本のデザイン界に豊穣をもたらしたであろう。
絵が上手くて、理知的な画学生はこれまでに表現できるものか。
昭和17年23歳の画学生が大作を描いて卒業、2年後に戦死。東京美術学校図案科の久保克彦である。彼が遺した7メートル超の大作「図案対象」は今何を語りかけてくるのか
東京芸術大学に一つの巨大な卒業作品が遺されている。幅7メートル超の絵画「図案対象」。作者は久保克彦。昭和17年23歳で卒業、2年後中国大陸で戦死した。描かれた大作は、戦時下とは思えない現代絵画を先取りした前衛芸術的な表現に満ちていた。久保は戦死する命運を担いながら美の探究の総括として描いたのである。久保の大作は今何を語りかけてくるのか。戦争を実感できない、若い世代も参加して読み解いていく。
湖北省の山稜に、1発の銃声が響いた。狙撃の弾は、最後尾を歩いていた若い見習士官の側頭部をうちぬいた。久保克彦、24歳。美校工芸科図案部卒業。1944年(昭和19年)7月18日、彼が大陸に転属となってわずか3ヵ月、3度目の交戦のときだった。
5枚で構成されているうちの中央の第3画面。海へ墜落する飛行機、傾く船。もとになる原画をコラージュしたもの。機械文明の崩壊を描くという。
敵機が火をふいて落ちていく彼の卒業制作には、背後に人力飛行機やヨット、鶴、昆虫、輸送船、スクリューなどが、ごちゃまぜにシュールに描かれている。おろかな文明、人間。進歩の果ての破滅。彼が描いたのは、ささやかな抵抗か、それとも諦観か。
幾何学的表現、黄金比。時刻の経過を物体の影で表している。
絵文字が入った東京美術学校へ合格したときの手紙は面白い。
「輓馬の歌」の隠喩にも才能が現れている。
「《図案対象》を読む 夭折のアヴァンギャルド画家、久保克彦とその時代」2018年、黒田和子著。
甦る前衛絵画
太平洋戦争下の中国戦線で26歳の若さで戦死した知られざるアヴァンギャルド画家久保克彦の畢生の大作《図案対象》とそれに至るまでの作品と思考の歩みを、シュルレアリスム、構成主義をはじめとする同時代のヨーロッパ美術との関連のうちに位置づける。
黒田和子。1931年、東京に生まれる。久保克彦の姪。慶応義塾大学文学部史学科を通信教育課程で卒業。主な著書に、『浅野長政とその時代』(校倉書房、2000年。久保克彦関係のエッセイ、論文には、「昭和十七年、叔父が残した卒業制作」(『芸術新潮』1999年8月号)、「『図案対象』に就いて」、「『輓馬の歌』」(ともに、木村亨編『久保克彦遺作画集』私家版、2002年)などがある。
遺族の執念が感じられる。
古賀春江の『海』(1929年)を思い出した。