フェリーに積まれたバスに乗り、メコン河を2回渡ると、川沿いの都市ロンスエンのバスターミナルに13時頃着いた。意外に早く着けたので、オケオ遺跡を当日に見学することにして、まずはタクシーでホテルに行き、部屋を確保した。ここだけ、ネットで事前予約できなかったので、当地で最大規模の一流ホテルというドンスエンホテルを選択した。料金は75万ドン(3150円)。
荷を軽くして、ホテルからタクシーに乗り、アンジャン省博物館をまず見学した。
入場無料なのだが、平日の午後なので、閑散としている。職員も見つからず、探し出して尋ねると3階まで案内してくれた。
オケオ遺跡の観光情報を期待して来たのだが、そのようなものはなかったのは残念。
部屋まで案内してくれた女性職員は、室内は撮影禁止と言って、ずっと私を監視していたので、個々の展示品は撮影できなかったが、一瞬の死角が生じたときに、室内を撮影した。
博物館を出て、大通りに行ったが、タクシーが見つからずあせったが、20分ほどたってようやくつかまえた。運転手にオケオへ行くように頼んだが、分からないという。仕方ないので、博物館へ舞い戻り、運転手をオケオ文化展示室へ連れて行き、女性職員にも会わせると、ようやく分かったと言った。オケオではなく「アック・エオ」と発音するという。
オケオ遺跡はメコン川のデルタ地帯にあり,分流のバサック川とシャム湾の間の平野部に位置する。1世紀から7世紀にかけて、現在のカンボジア南部からベトナム南部のメコン・デルタ地帯に跨る地域に扶南(フナン)王国があり、オケオは当時の港町であった。
フランス人マルレが1942年に発見し,44年に発掘調査を行った。遺跡は低湿地にあり,北にはこの遺跡の発見の端緒となった仏像を出土したバテ山がある。3km×1.5kmの長方形をなす都市遺跡で中央長軸方向に水路があり,それに直交する4本の堀で10区画に分割されている。
このバタイ山は聖山であり、山頂付近にはオケオ時代の祠跡があるといい、宗教的な中心がこの山に置かれていたということだ。
メコン川上流のカンボジアで栄えたクメール文化では山への信仰があるようだ。プノンペンのプノンは山・丘という言葉で、扶南(フナン)も同系統の語彙と思われる。
アジア人の都市思想として、北に山を望む土地を選定するということが古代から共通しているのは面白い。
扶南(フナン)王国は真臘王国、アンコール王朝と続くカンボジア史の前史に位置づけられている。オケオもベトナム政府が世界遺産の候補としているようだが、仇敵カンボジアとの関係もあり、どこまで本気なのか分からないところがある。おかげで、観光地化は全くされていない。出会ったのも地元民と犬ぐらいだった。
夕方、ドンスエンホテルに戻る。タクシー代は135万ドン(5670円)。乗車時は120万ドンで交渉したが、チップをはずんだ。とにかく、事前情報の少なかったオケオ見学を当日中に済ませてしまったことに満足した。翌日はカントーを見学。