日経ビジネスONLINE 2018年11月16日 伏見香名子
「トランプという怪物」を作った会社 内部告発者ロングインタビュー(上)
トランプ米大統領の選出や、英国のEU(欧州連合)離脱を決めた国民投票において、有権者を標的にしたデジタル戦略が繰り広げられた。主戦場はSNS(交流サイト)で、背後にロシアの関与があるのではないか。このように囁かれてきた数々の疑惑を現実のものとして告発したのは、1人のデータ・サイエンティストだ。
フェイスブックFBから8700万人分もの個人情報を不正に取得し、有権者の意識を誘導するデジタル戦略を繰り広げていたケンブリッジ・アナリティカ(以下CA社・後に破産)。告発者はこの会社のリサーチ・ディレクターだった、カナダ出身のクリストファー・ワイリー氏(29)だ。
告発によれば、CA社の前身の会社は元々、過激派の弱体化を目的とした研究を行なっていた。しかし、超保守派でトランプ大統領最大の献金者とも言われた富豪、ロバート・マーサー氏からの資金提供を受けてCA社として生まれ変わり、かのスティーブ・バノン氏が責任者として指揮を取り始めてから、会社が激変したという。
2016年の米大統領選において、人々が移民などに対する、耳を疑うような攻撃的なスローガンを掲げたのも、実はこの会社で行われた研究が発端だったと、ワイリー氏は告発した。
彼らはFBから違法に取得したデータを基に、統計学的モデルを構築しました。これを用い、陰謀論や偏執的なメッセージに弱い人々や、神経過敏な人々を標的に、ドナルド・トランプを支持するムーブメントを作り出すことが目的でした。
私がSCLで始めた研究は、国内外を問わず、ある特定の人口集団の中で、どんな人たちが最も過激派集団の勧誘に弱く、操作されやすいのかを知ることでした。そうすることで、介入も可能になり、参加を阻止することができます。
過激思想や、その前段として、過激派に最も取り込まれやすい人たちのプロファイルを、数学やデータを用いて作ることができるのか。
軍の仕事というのは、外的、また、時には内的脅威からも、市民を守ることです。データ、インターネット、そしてSNSを使うことで、その脅威を即座に特定し、問題が起こる前に介入する事が可能です。
バノン氏にはこの会社をどの様に利用するか、明確な目的がありました。「文化戦争」を起こすことです。文化戦争、あるいはどんな戦争でも、戦うには武器庫が必要です。「戦争」が文化面で起きる場合、開発の必要があるのは、情報面の武器です。彼がこの社で働きたかった理由は、開発されたものがオンライン上で使用された武器だったからです。
目的は人々を欺き、操り、抑圧・支配すること。そのため、ある事柄をより信じてしまう人々を特定して標的にし、操作された情報を「武器」として流す。これこそが、バノン氏が「文化戦争」のために使用を望んだ技術です。
バノン氏には、歪んだ「世界のあるべき姿」についての思想があるのです。彼は「人種」について、また「強い男性が支配すべき」という独自の見方、そして「権威主義」について、すなわち「国が統治されるべき姿」についても、見解を持っています。
バノン氏が入ってきて、研究の目的が変えられ始め、社の指示や、優先事項が変化し始めました。研究は米国で始まり、研究チームが米国で何をし始めたのかを目の当たりにした時、その目的に疑問を抱きました。
すなわち、なぜ米国民に「人種差別思考」を、しかも攻撃的に浸透する必然性があるのか、などということです。過激思想や人種差別思想から脱却させるのではなく、逆の方向、つまり、人々を過激化し、差別的に思考を誘導することです。
研究室で行われた実験用の動画を見ると、実験の初めには普通だった人たちが、終わる頃には人種差別的なスローガンを、あたかも普通のこととしてわめき散らしていました。
米国で行なっていたこと、つまり、いかにして人々を人種差別主義者にするか、また、人々に偽の事象を信じさせるというという研究まで目の当たりにしては、そこで働き続けることを、正当化はできませんでした。
私が辞めた理由の一つは、米予備選が始まった頃、社が人々をいかに「人種差別化」するか、という研究を行う事のみならず、「受動的に学ぶ」段階から、人々を騙し、欺き、操作する目的のコミュニケーションを通じ、文明社会に適合しない考え方をまき散らすという「攻勢」に転じたからです。あのまま継続して勤務することは、米英やCA社が関わっていた国々における民主主義を攻撃することであり、良心に照らし、そんな事はできませんでした。
当時、人々が「奇妙な語り口だ」としていた「壁を作れ!」や「(米政府の)どぶさらいをする!」また「闇の国家が人々から全てを取り上げており、みんなを監視している」などというスローガンは全て、CA社が初期の頃行なっていた研究から生まれたもので、鮮明に記憶しています。
こうした報告はバノン氏に上げられ、彼からトランプ氏に渡されました。
世間はトランプ氏が言うことを笑ったり、「気が触れている」と評していました。こんな埒もないことを言って、勝つ道理がないと思われてもいました。
私はそれを見ながら「いや、そうではない。もし、適切に標的とされれば、どれだけの人たちがトランプ支持に傾くかを、わかっていない」と思いました。(メディアなどが)トランプ氏や聴衆を馬鹿にすればするほど、(トランプ氏の発言を)好ましいと感じ、聴衆は(メディアから)自分も馬鹿にされていると感じ、トランプ攻撃が起こる度、彼の基盤がどんどん固まって行きました。攻撃は、トランプ氏を助けたのです。
会社は乗っ取られ、バノン氏が責任者であり、社は米国で運営され、トランプ陣営に設置されていました。私には、どうすることもできませんでした。
自分の働いていた会社の研究報告書に出ていた言葉を(トランプ氏が)発していたのですから。この研究こそがトランプ氏を、彼の信条を象徴する「ドナルド・トランプ」に仕立て上げたのです。
「ドナルド・トランプ」は粘土のごとく、バノン氏によって、理想の候補に形作られました。そしてそのことの多くは、CA社が収集した研究とデータを基に、可能になりました。