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Channel: いちご畑よ永遠に
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ロックの名バンド クロスビー・スティルス・ナッシュ&ヤング 「Ohio」「Teach Your Children」

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クロスビー・スティルス・ナッシュ&ヤング(Crosby, Stills, Nash & Young、以下 CSN&Y)は、フォークロック界の有名ミュージシャンが集結したスーパーグループとして結成され、主に1960年代末から1970年代初頭にかけて活躍した。
 
19687月、ローレル・キャニオンにあるジョニ・ミッチェルの家で元バッファロー・スプリングフィールドのスティーヴン・スティルスと元バーズのデヴィッド・クロスビーの二人が歌を歌っているところへ、ホリーズ脱退間近だったグラハム・ナッシュがハーモニーで加わり、歌い終わったときにグループ結成のアイデアが生まれたといわれているが、ママス&パパスのキャス・エリオットの家であったとスティルスは語っている。
 
19695月デビュー・アルバム『クロスビー、スティルス&ナッシュ』を発表。アルバムはアコースティクな音作りと、3人のコーラスの美しさですぐに人気を呼んだが、もっとロック的要素を強めたいというスティルスの希望に沿って、当時すでにソロとして活動していたニール・ヤングがギタリストとして加わることになった。グループ名はクロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤングとなった。
 
19703月にアルバム『デジャ・ヴ』がリリースされ、シングルカットされた「Woodstock (11)、「Teach Your Children」(16位)、「Our House」(30位)がヒットして、商業的にも知名度の点でも、CSN&Yは頂点を極めた。
19705月にニール・ヤングはケント州立大学銃撃事件をもとに「Ohio」を書き、すぐにレコード化されて、14位とヒットした。
19714月に発売されたライブ・アルバム『4ウェイ・ストリート』も全米アルバム・チャートの1位を記録した。しかし、バッファロー・スプリングフィールド時代以来のスティルスとヤングの対立などのため、1974年の再結成までバンドとしての活動は停止した。
メンバーはそれぞれの活動をつづけ、1972年ニール・ヤングのシングル「Heart of Gold」は1位と大ヒットした。
 
CSN&Yは、1988年に『アメリカン・ドリーム』、1999年には『ルッキング・フォワード』の2枚のアルバムを発表している。
近年はニール・ヤングが参加せず、クロスビー、スティルス&ナッシュ名義(CSN)の活動が続いた。 2015年に20年ぶりの来日公演。しかしワールドツアーを終えた2016年に、バンド活動は終了した
 
CSNYはコーラスのハーモニーが美しい。スティーヴン・スティルスとニール・ヤングのギターソロには、独特の味わいがある。
60年代末、日本では、4人の中で一番有名だったのは、グラハム・ナッシュだった。ホリーズの「バスストップ」が日本でヒットしたからだ。19707月の映画「ウッドストック」封切り時に映画を見ているので、「ウッドストック」を聴いたはずだが、注目したかどうか記憶にない。

CSNYが実際に日本で初めて注目されたのは、19716月に公開された映画「小さな恋のメロディ」の公開により、挿入歌の「ティーチ・ユア・チルドレンTeach Your Children」からだと記憶する。
これ以来、CSNYの曲がラジオでも流れたが、どの曲だったか記憶にないが、「キャリー・オン」が一番評価が高く、「ティーチ・ユア・チルドレン」は有名曲、「シカゴ」、「オハイオ」もよく流れていた。「シカゴ」は1968年シカゴでの民主党大会をテーマにあいたものとは誰もが知っていた。
 
その後、1974年ごろにCSNYのベスト盤「So Far」を購入して繰り返し聴いた。1971年までに、代表曲は確定されていたと思う。だから、このアルバムに「キャリー・オン」と「シカゴ」を加えれば、代表曲を網羅できる。
ニール・ヤングはその後クレージーホースなどとの共演で、演奏を練り上げていったので、この時代の「Cowgirl in the Sand」「Southern Man」などはのちの時代のほうがいい。「Ohio」のみは、このバージョンが一番いい。

Helpless」は異質な曲だが、初期の代表曲。

 

Suite: Judy Blue Eyes スティルス
Wooden Ships               クロスビー、スティルス、ポール・カントナー
Helplessly Hoping   スティルス
Carry On       スティルス
Teach Your Children ナッシュ(ペダルスティールはジェリー・ガルシア)
Our House      ナッシュ
Chicago        ナッシュ
Ohio         ヤング
Find the Cost of Freedom スティルス
 
スティーヴン・スティルスとグラハム・ナッシュが名曲を多く残していることに気づく。しかし、彼らは、70年代始めまでに、能力を使い果たしたようだ。
ニール・ヤングはその後も名曲を生み出していった。
 

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