YHAオスタル・マルキ。クスコ。
2015年6月21日(日)。
リマ空港10時30分発のペルービアン航空便でクスコに11時40分着。2月下旬にネットで予約、102.39ユーロ。
クスコ空港からタクシーで予約しておいたオスタル・マルキへ。アルマス広場から西へ徒歩15分程度。やや高台の道路沿いにある。YHAは市街地に3軒ある。安い個室で、1泊20.67ユーロ。25日朝までの4泊。値段の割に中級ホテル並みの内容で快適。食堂での朝食付き。受付も親切。
旅もようやく後半になった。この地域の予定は6月21日から24日まではクスコ。市内と近郊の遺跡。24日はインティライミの開催日。25日からオリャンタイタンボから鉄道に乗ってマチュピチュ村へ。26日はマチュピチュ見学。27日にクスコへ帰り、プーノへ夜行バスで向かう、という行程を組んだ。
なるべく市内観光を済ませておこうと、宿で14時からのツアーを予約し、集合場所のアルマス広場西のカテドラルへ向かった。
クスコ市内。
近在の町からインティライミへ参加する人々が行進している。祭りの予兆が感じられる賑やかさで町が溢れていた。
アルマス広場。カテドラルから。
インカ帝国の時代でも、中央広場であったと記録されている。広場には聖なる石(ウシュヌ)が据えられ、天と地上、地下の世界を結ぶシンボルとして機能していた。
アルマス広場。カテドラルから。
ラ・コンパニーア・デ・ヘスス教会。かつてインカの第11代皇帝ワイナ・カパックの宮殿があった場所に建てられた。
カテドラル。
インカ時代のビラコチャ神殿のあとに建てられた。
ツアーの集合場所で、最初の見学場所。内部を見学したが、撮影禁止。
コリカンチャ(太陽の神殿)。
カテドラルから徒歩で向かった。コリカンチャ前の通路は修復中なのか、ガラスで閉鎖されていた。
コリカンチャ。パティオ。
現在はサント・ドミンゴ教会となっているこの場所は、インカ時代はコリカンチャとよばれる太陽の神殿が置かれ、インカの神々のパンテオンを収めた空間であり、帝国各地の聖所(ワカ)を結ぶセケという想像上の線の中心地とされる最も重要な神殿であった。
神殿の内外は黄金の板や帯で装飾されており、太陽のように光彩を放っていたといわれる。内部には黄金製の太陽神像、トウモロコシ、リャマ、リャマ飼いの像が安置され、月、金星、雷、虹などの神々も祭られていた。また、歴代の王のミイラも安置されていたという。
コリカンチャ。西端の高台から。
クスコ西方向の風景。
コリカンチャ。西端の高台から。
南西方向。芝生広場の地下にはコリカンチャ博物館がある。メインストリートのエル・ソル道路の向こう側がクスコの日常的な繁華街となっている。
コリカンチャ。西端の高台。
神殿の中での聖所であった場所。
コリカンチャ。西端の高台。
コリカンチャ。内部の壁。
多数の穴や窪みがある壁。黄金の像が置かれていたといわれる。
コリカンチャ。内部の壁。
コリカンチャ。内部の壁。ニッチ。
コリカンチャ。黄金のプレートのレプリカ。
インカ帝国では、コンドルが守る神々の住む天上界、ピューマが守る人間の住む地上界、蛇が守る祖先の住む地底界と3つの世界に分けて考えていた世界観が描かれた黄金プレートのレプリカ。
コリカンチャ。黄金のプレートのレプリカ。
コリカンチャ。パティオ。
中心にある井戸はかつては黄金に輝いていた。
コリカンチャ。インカの石組に使われた最も小さな石。
コリカンチャ。インカの石組に使われた最も小さな石。
大きさは指の先ほどだが、周囲の石とぴったりと噛み合っている。
コリカンチャ。内部の部屋に開けられた窓。
3つの連続した部屋の壁に開けられた窓がある。
コリカンチャ。内部の部屋に開けられた窓。
同じ高さにあるので、隣りあう二つの部屋を通して見ることができる。
連絡用ともいわれる。
コリカンチャ。内部の部屋。
ニッチが整然と並んでいる。
コリカンチャ。通し窓のある部屋と回廊、パティオ。
このあとはバスで、高台にあるサクサイワマン、ケンコー、タンボ・マチャイへ向かった。