2015年6月29日(月)。
インカ帝国初代皇帝マンコ・カパックが降臨したとされる聖跡へ向かう。
Roca Sagrada(聖なる岩)、Chincana(迷宮)、Mesa Ritual(儀式のテーブル)と太陽の足跡(Pisada del Sol)がある。
太陽の島には80以上の遺跡があり、大半は15世紀のインカ時代のものである。島にはBC2200年頃から人が住んだ証拠があり、その後AD500年の形成期までの痕跡が認められる。
AD500年から1000年頃のティワナク文化の時代には、聖なる岩から数百m上部にあるチュカリプパタが重要な祭祀センターであった。
インカの人々はもともとティワナク文化に属していた部族であったが、その崩壊にともなってクスコに移住し、インカ帝国を建設した。
この一帯は古代からの聖所であったが、AD1000年から1450年の間は放棄されていた。インカ帝国がティティカカ湖南部を征服すると、10代皇帝インカ・ユパンキは聖なる岩を中心とした地区をリマ近くの海岸部にあるパチャカマックとともに2大巡礼地とし、祭礼に奉仕する聖女の館と巡礼宿を建設した。コパカバーナはその門前町として繁栄したという。
生贄または犠牲のためのテーブルという。
狭い鞍部の中央にあり、西側の湖水が見える。
南方向。
島の中央部から歩道が伸びている。丘の上がチュカリプパタのようだ。
太陽の神は地上の人に文化を与えるため、インカの初代皇帝マンコ・カパックとその妹ママ・オクリョを遣わした。二人はここに降り立ち、旅を始めたという。
西側に面した斜面に建てられている。神殿なのかタンボなのか分からない。
欧米人観光客が見学していた。島に宿泊し中央部の遊歩道を歩いて遺跡巡りをする方法もある。
東の入江桟橋へ帰る。