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大阪 古市古墳群 安閑陵 日本武尊白鳥陵 清寧陵 仁賢陵 応神陵 仲姫皇后陵 古室山古墳 允恭陵 仲哀陵 津堂城山古墳 雄略陵 河内大塚山古墳  

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2013年11月27日(水)。本日は大阪府羽曳野市・藤井寺市にある古市古墳群の見学。道の駅羽曳野を起点に、古墳群南東部から北西部の順に見学した。住宅地なので、無料駐車場は少なく、短時間の路上駐車が主になる。道明寺天満宮、アイセルシュラホール、陵南の森総合センターは無料。大阪府のウォーキングマップによると、「LICはびきの」(羽曳野市図書館)は2時間無料だった。このマップには各古墳のビューポイントも載っている。マップは翌日、近つ飛鳥博物館で入手。

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安閑天皇陵。高屋築山古墳。高屋丘陵の北端に築かれた前方後円墳で、古市古墳群内の南側のグループの一つ。墳丘長122m、後円部直径78m・高さ13m、前方部幅100m・高さ12.5m。
墳丘部分は、中世の高屋城の築造や陵墓改修に伴って、本来の形態が大きく改変されている。
出土した埴輪や須恵器の特徴、正倉院と同種のペルシャ製ガラス椀の年代観から古墳は6世紀前半頃に築かれたと考えられている。
安閑天皇(466~536年)は継体天皇の長子。母は尾張目子媛。
拝所は西の国道側にある。西北部は崖下になり、近鉄長野線の線路がある。西北の古墳群中央部への眺望の良い高台。国道に路駐するしかない。

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日本武尊白鳥陵。軽里大塚古墳。前の山古墳。前方後円墳。墳丘規模は墳丘長190m、後円部直径106m、前方部幅165m。前方部の幅が後円部の直径を上回ること、高さは前方部が3m高いなどの特徴がある。くびれ部北側には造出しをもち、周りには幅30から50mの周濠が巡っている。
5世紀後半の築造とされる。日本武尊は景行天皇の皇子で仲哀天皇の父。
西側に拝所がある。170号線の東側住宅地内の小道を入る。

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清寧天皇陵。白髪山古墳。古市古墳群の南西部に築かれた前方後円墳。墳丘長115m、後円部直径63m、前方部幅128m、前方部幅が後円部直径の2倍に達しており、前方後円墳としてはもっとも前方部が発達した形態。出土した埴輪などから築造は6世紀前半頃とされる。
清寧天皇は雄略天皇の第三皇子、母は葛城韓媛。
西側に拝所がある。170号線の西側住宅地内の小道を入る。駐車場は鍵がかかっているので、路駐。

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仁賢天皇陵。野中ボケ山古墳。墳丘長122mの中型前方後円墳。埴輪の編年から、この古墳は6世紀前半の築造と推定され、古市古墳群では終末期に近い時期で、大型前方後円墳の築造は終わっていて、中型前方後円墳以下になってきた時期に相当する。
仁賢天皇は市辺押磐皇子の子で履中天皇(仁徳天皇の子)の孫にあたる。顕宗天皇の同母兄。皇后の春日大娘皇女は雄略天皇の皇女。子女に武烈天皇、手白香皇女(継体天皇皇后、欽明天皇母)。

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仁賢天皇陵。前方部南西隅部。濠には水が貯えられており、堤に接して東側には上田池、北側には下田池というため池もあって、昔から北側下流の水田の灌漑用水としての役割を担ってきた。
また、これらの池の一部は、古代に造られていた運河の「古市大溝」の一部分でもあった。
南西隅付近に駐車し、濠に面した公園を抜けると、拝所があった。「LICはびきの」に近い。

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誉田八幡宮。応神天皇陵後円部の南にある。祭神は応神天皇。誉田八幡宮が成立したのは、11世紀中頃で、六角形の三昧堂が古墳後円部上に建てられ、八幡神崇拝の対象は神社ではなく山陵であった。永承元(1046)年、河内源氏の祖源頼信の告文が知られる。この頃、現在地に遷座しとようだ。八幡神が源氏の氏神とされることから、源氏姓を名乗る歴代の将軍をはじめ、武家の信仰を受けた。戦火で社殿が焼失したのち豊臣秀頼が片桐且元を普請奉行に任命して社殿再建を行ったが、拝殿の建造中に大坂夏の陣・豊臣氏滅亡があり、建物の内部が未完成のままとなっている。
駐車場に停め、境内を散策する。

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誉田八幡宮。鎌倉時代に造られたという放生橋という石製太鼓橋。応神天皇陵後円部南の外堤部びあり、江戸時代後半まで、この橋を渡り後円部頂上の六角堂に至る参道が設けられていた。
境内に当宗神社があり、中部朝鮮の楽浪郡から渡来した当宗(まさむね)忌寸の祖神である山陽公を祀り、子孫には宇多天皇の祖母がいた。北に拝所があることが分かり、北へ向かう。

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応神天皇陵。誉田御廟山古墳。墳丘長は425mm総長700m、で堺市の大仙古墳(仁徳天皇陵)に次いで2番目の大きさ。表面積や体積(143万m3以上)では仁徳陵を上回り、全国一の巨大前方後円墳である。5世紀中頃の築造と推定される。後円部の頂高さは59.3mで、 三段構成の墳丘、二重の濠と堤をもつ。
応神天皇の在位は5世紀初頭ごろで、父は仲哀天皇、母は神功皇后。
拝所は北にあり、管理事務所もあり、当地でも別格の扱い。参道も整備されている。

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道明寺。大阪夏の陣で有名な合戦場である。道明寺は古代豪族土師氏の氏寺として創設された。土師氏の祖野見宿禰は垂仁天皇のとき、生きた人間にかえて埴輪を墳墓に埋めることを進言し、土師の姓とこの地方の土地を与えられた。以後、土師氏は朝廷の葬送儀礼と埴輪製作を担当することになったという。
寺はのちに衰退するが、菅原道真のときに再興され、道真の号であった道明をとり道明寺に改称された。菅原道真が一時当寺に滞在したと伝わっている。
駐車場が狭く、長時間置けないので、すぐ東の道明寺天満宮へ移動。

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道明寺天満宮。土師氏一族の氏神である土師神社が元とされるが、現在の祭神は菅原道真と土師氏や菅原氏の祖天穂日命、道真の叔母覚寿である。
境内や駐車場は広い。七五三で賑わっていた。西にある仲姫皇后陵、古室山古墳へ歩いて向かった。

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仲姫皇后陵。仲津山古墳。墳丘長は290mと、古市古墳群の中で、誉田御廟山古墳(応神天皇陵)に次ぐ2番目の大きさで、全国では9番目の大きさである。応神天皇の皇后である仲津姫皇后陵と治定されている。堤上に巡らされた円筒埴輪の特徴から、円筒埴輪の製造時期が津堂城山古墳の物よりは後で、誉田御廟山古墳の物よりは前であるとみられ、4世紀後半に築造された古墳であると推定される。先に亡くなった応神天皇の陵の築造推定時期よりもだいぶ前に築造されたことになり、仲津姫皇后陵ではないとされ、仲哀天皇陵ではないかという説などもある。

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仲姫皇后陵の周濠と堤。幅が狭くて深い周濠と幅広の堤は、この古墳を特徴づけている。周濠は、市野山古墳と同じようにほとんど空堀で、深さのある様子がよくわかる。どちらの古墳も国府台地の高い土地に造られており、周囲の地形との関係で、もともと多くの水をためることは無理な場所であった。

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古室山古墳。墳丘。前方部から後円部へ。仲津山古墳のすぐ南西側に接した前方後円墳。墳丘長は150mメートルで、古市古墳群の中では中形の前方後円墳に属し、前方部は北東を向いている。
4世紀末から5世紀初頭の築造とされ、古市古墳群の形成が開始された時期にあたり、同古墳群中で最も早く造られた古墳の一つに数えられる。同時期に造られたものに津堂城山古墳があり、墳丘長さ208mと最大の規模を有する。津堂城山古墳の被葬者を頂点とした身分秩序があり、古室山古墳の被葬者もその秩序に組み込まれていたと考えられる。

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古室山古墳は、後円部頂上の標高が約39メートルを測り、国府台地でも高所に位置している。巨木が少ないため、頂上からは限定的だが眺望が得られる。
南東方向を眺めると、西名阪自動車道の高架の先に誉田御廟山古墳の一部が見られる。

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土師氏のムラ。アイセルシュラホール展示。仲津山古墳と古室山古墳が正対して並び、その下に、三つの方墳が東西に一列に並んだ「三ツ塚古墳」と総称される古墳が見られる。八島塚、中山塚、助太山といい、八島塚と中山塚が一辺50mの方墳で、助太山は一辺36mの方 墳。
1978年八島塚と中山塚の間の濠跡から巨大な木 製のソリ「修羅(しゅら)」が出土し、話題となった。
三ツ塚古墳のすぐ北側は仲津山古墳の堤の斜面となっており、この場所を利用して設けられた埴輪を焼く窯跡がいくつも発見されている。この窯跡群は東方にある道明寺天満宮前の斜面まで数百mも続き、「土師の里埴輪窯跡群」と名付けられている。

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允恭天皇陵。市野山古墳。後円部外周道路から後円部。墳丘長230mと古市古墳群の中では4番目、全国では19番目の大きさとなる規模の大型前方後円墳。
従来5世紀後半に造られた古墳だと考えられていたが、近年の円筒埴輪編年では、5世紀中頃の築造であると推定され、市野山古墳が允恭天皇陵である可能性が高まった。
允恭天皇は仁徳天皇の第四皇子で、 西暦453年頃に没したとされ、倭の五王中の倭王済に比定されている
近鉄南大阪線・土師ノ里駅の北に後円部外周道路がある。

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仲哀天皇陵。岡ミサンザイ古墳。墳丘長242m、総長410mで、古市古墳群の中では3番目の大きさ。三段構成の墳丘で、くびれ部には東側だけに造出しを備えている。幅の広い濠が墳丘の周りを囲んでいる。
仲哀天皇は景行天皇の子の日本武尊の第2子で、応神天皇の父と記紀にある。埴輪の特徴から、この古墳の築造は5世紀末から6世紀初めであると推定され、市野山古墳(允恭天皇陵)よりも新しく、野中ボケ山古墳(仁賢天皇陵)よりも古いと考えられる。父である仲哀天皇の陵が応神天皇陵・誉 田御廟山古墳より何十年も後に造られたことになる。応神天皇陵の比定の方が信頼度が高いとする見方が多いため、岡ミサンザイ古墳を仲哀天皇陵に比定することは疑問視されている。

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アイセルシュラホール(藤井寺市立生涯学習センター)。展示。津堂城山古墳出土の水鳥の埴輪(重文)。津堂城山古墳の壕から島が発掘され、白鳥を模した3体の水鳥形埴輪が出土した。2体は高さ102僂如我が国では最古で最大のものとされる。
2階の歴史展示室では古墳時代の展示のほかに、中国留学生「井真成」墓誌関連の展示もあった。
岡ミサンザイ古墳のすぐ北東にある。3階建てなのに古墳群を見下ろす展望台がないことは残念。北の葛井寺へ寄ろうとしたが、駐車場が有料なのに呆れてパス。さらに、北にある津堂城山古墳へ向かった。

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津堂城山古墳。後円部頂は藤井寺陵墓参考地。4世紀後半に、古市古墳群の中で最初に造られた前方後円墳。この古墳の位置は、羽曳野丘陵の低位段丘上にあり、古市古墳群の中では最も北側にある。墳丘の長さ208m、前方部の幅121m、後円部の直径128mで、くびれ部に造出しがある。
古墳北ガイダンス棟の前庭には、1912年に古墳の後円部頂から発見された竪穴式石槨の天井石6片が展示されている。
地元の人々が後円部頂から石材を掘り出したときに、天井石とともに巨大な石棺が現れ、竪穴式石槨内から長持形石棺や勾玉・鏡・刀剣など多くの副葬品が出土した。この長持形石棺は、それまで知られていた石棺の中でも最大で、しかも非常に精巧な造りのものであった。この時の調査で明らかになった資料は、他の大型古墳(多くは陵墓)の内部がほとんど調査されていない中で、貴重な学術的価値を持つ。1912年に掘り出された天井石7枚の内5枚は各地で転用されていたが、現在はこの地に展示されている。天井石は、全て兵庫県高砂市産の竜山石が使用されていた。

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津堂城山古墳。内濠は整備されている。これまでの調査や研究により、二重の濠と堤をめぐらせた総長436mにもおよぶ巨大古墳であったことが分かっている。古市古墳群の中では、誉田御廟山古墳、仲津山古墳に次ぐ、三番目の大きさで、同時期に造られた古墳の中では、最大級である。複数の堤と周濠が墳丘を囲む形は、これ以後の大王級の古墳に多く見られる特徴で、津堂城山古墳が最古の例である。

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津堂城山古墳。後円部頂のみ藤井寺陵墓参考地として、フェンスが張られている。1912年まで全く陵墓調査の対象外としていた 宮内省は、この発掘調査結果に対して急きょ対応策を迫られ、城山古墳の後円部頂だけを「藤井寺陵墓参考地」として追加した。石棺は埋め戻すこととし、出土した副葬品は全て国が買い上げることになった。
ガイダンス棟付近に駐車場はないので、津堂八幡神社付近の路肩に駐車した。ガイダンス棟には職員や客もいた。展示は余りない。雄略陵古墳方面へ向かう。

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雄略陵古墳。島泉丸山古墳。高鷲丸山古墳とよばれている直径75mの円墳と平塚古墳といわれる1辺50mの方形部分を合わせたもので、幕末に前方部を方墳を取り込んで付け加えられた。
出土した埴槍は中期のものと考えられる。真の雄略陵は、墳丘長335mの河内大塚山古墳と考える説もあるが、最近では岡ミサンザイ古墳(現仲哀陵・墳丘長242m)を堆略陵と考える説が有力になっている。

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雄略陵古墳。北東側から。羽曳野市立陵南の森総合センターに駐車して見学。展示は見るべきものがなかった。

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河内大塚山古墳。墳丘335m、後円部の直径185m、前方部の幅230mで、幅35〜70mの濠を持つ、全国第5位の規模を誇る前方後円墳。大塚山古墳は後円部に横穴式石室の天井石と思われる巨石があり、横穴式石室の一部が後円部南東に開口していたことが、文献の上から判明している。
築造は6世紀中葉かそれ以降で、古市古墳群につくられた巨大前方後円墳の最後の時期の古墳である。
この時期、大和では欽明大王の墓と想定される巨石の横穴式石室を持つ巨大前方後円墳(全長318m)の見瀬丸山古墳(橿原市)が築造されている。埴輪が無い等の特徴から前方後円墳終末期のものである可能性が高く、雄略の崩年と築造年代に数十年の開きがあるので、雄略天皇陵とは比定しづらい。6世紀代の安閑天皇、欽明天皇陵または未成説もある。
北西隅部から。

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河内大塚山古墳。南西隅部から。所在地は松原市と羽曳野市にまたがる。西側道路は東側道路より広いので停車余地があった。
本日の見学を終了し、近くの天然温泉華の湯に入浴し、翌日の磯長谷古墳群見学のため、太子町の道の駅へ向かった。

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