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Channel: いちご畑よ永遠に
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サイパン島の戦跡ツアー  地獄谷(最後の司令部) マッピ岬 ラストコマンドポスト ローカルマーケット  

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日本軍最後の司令部が置かれた地獄谷の入口。2013年4月11日(木)。本日はサイパン島の一日戦跡ツアー。午後は極楽谷の野戦病院跡から始まり、サンロケ(旧マタンシャ)地区内陸部にある地獄谷へ。本道へ戻って北東に進み、東へ脇道を昇った高台の民家前で車は停まった。ここが日本軍最後の司令部が置かれた地獄谷の入口で、民家の奥右側に見える二つの山並みの間の谷間を目指して、草地の間の踏み跡を15分余り歩くと司令部跡の洞窟に着く。

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地獄谷の入口から西海岸を眺める。タポチョ山から撤退した日本軍は地獄谷に陸海軍合同の司令部を置いた。昭和19年7月4日米軍はガラパンを突破して北上、西海岸のタナパグ港へ進出した。日本軍司令部は7月5日最後の玉砕攻撃を決定し、7日未明の総攻撃命令を海軍南雲司令長官と陸軍斉藤師団長の連名で発した。6日に司令部の将官たちが地獄谷の洞窟で自決したあと、7日未明、日本軍はガラパンへ向かったが、西海岸のタナパグ海岸でほとんど全滅し、4300人余りの日本兵の死体を残して日米の組織的戦闘は終了し、島北端のマッピ岬方面への掃討戦に移っていった。

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地獄谷への歩道。先頭のドライバーが山刀で雑草を刈り払って道を作る。草は成長が早いので、踏み跡を覆い隠してしまう。牛が放牧されているので、糞もあちこちに散らばっている。

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地獄谷への歩道。日本軍兵士の水筒。草地帯からジャングルの灌木帯へ入る。ガイドさんはツアーで来ると、遺品を見つけることがあるという。

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地獄谷。司令部のあった洞窟への登り口。右手の斜面に司令部洞窟群がある。ドライバーが持参したロープを木の枝などに固定するのを待つ。坂道は急斜面で滑りやすく、ロープをつかんで登っていく。

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地獄谷。司令部のあった洞窟入口の防護用鉄板。洞窟入口の楯に使われたようだ。銃弾の跡が残っている。入口の右上へ洞窟群が続くので、ドライバーがロープを張るため待機している。

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地獄谷。司令部のあった洞窟入口の防護用鉄板。海軍の艦載砲の基部という。急斜面を登った先で護衛兵が守備していた地点のようだ。

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地獄谷。司令部のあった洞窟。崩壊が進んでいる。

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地獄谷。司令部のあった洞窟。最上部へ登っていく。

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地獄谷。司令部のあった洞窟。慰霊巡拝の跡。私たちも線香で供養した。合掌。

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地獄谷。司令部のあった洞窟。上部洞窟の入り口で待機するドライバー。
急斜面を降りるときは滑りやすいので注意しながら下りた。

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地獄谷。草地を帰る。背の高さほど育っている箇所もある。
このあと、最北端のマッピ岬方面へ。

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マッピ岬、バンザイクリフ。かなり高く、波も荒い。ウミガメが数匹泳いでいた。韓国人観光客が記念撮影をしていた。昭和18年7月9日に米軍が進撃し、サイパンの完全占領を宣言した。そのときに、多くの民間人らが海へ投身自殺した場所である。
このあたりは、1997年11月にも訪れている。

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マッピ山。マッピ岬から望む。山と崖下にはかなりの比高差がある。

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ラストコマンドポスト。当然ながら地獄谷が最後の司令部で、ここではない。天皇陛下参拝のおり大砲に迷彩色が施されたという。奥の岩山が監視哨跡。

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ラストコマンドポスト。日本軍の軽戦車。16年前に比べると、かなり風化が進んでいる。

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ラストコマンドポスト。海軍の監視哨跡。壁には「打倒 小日本」と中国人が書いたと思われる落書きがある。

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日本政府の慰霊碑。マッピ山とスーサイドクリフの断崖の前に建てられている。最近、日本政府の文字に何者かがバツ印を書き込んで産経新聞が取り上げ話題になった。クリーニングはしたようだが、よく見るとバツの跡がかすかに見える。

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マッピ山山頂台地からスーサイドクリフの断崖を見下ろす。南側から山頂台地までは緩い丘陵の昇りなので、北へ歩いた先に断崖があるとは想像できない。
17時近くになり、ツアーの見学は終了し、ガラパンへ戻る。木曜日夕方開かれるローカルマーケットの会場であるガラパン教会海側広場で解散。

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ローカルマーケット。ガラパン・ストリート・マーケットとよばれる。テント屋台が並ぶ。

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ローカルマーケット。アピギギというチャモロの焼き菓子。ココナッツとタピオカをバナナの葉でくるんで焼き上げる。繊維質を噛む感じで、美味くも不味くもない。

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マーケット会場海側に残る日本統治時代の桟橋。余り面影は残っていない。
このあと、ホテルへ徒歩で帰った。翌日はロタ島。

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