日経ビジネスオンライン 岡部直明 2018年4月24日(火)
「魚は頭から腐る」日米のいびつな蜜月関係
世界を脅かす「トランプリスク」と「安倍リスク」
米国フロリダでの日米首脳会談で、浮き彫りになったのは、「トランプ・リスク」と「安倍リスク」によるいびつな日米関係だった。米国第一主義によるトランプ米大統領の暴走は、世界経済を保護主義に巻き込む危険がある。
ロシア疑惑のなかで米中間選挙を迎えるトランプ大統領は一層、排外主義、保護主義に傾斜するだろう。同盟国首脳として、安倍首相は大統領に反保護主義を直言すべき立場なのに、蜜月を保つことばかり優先した。それは危機を容認しているようなものだ。足元では、「安倍一強政治」とリフレ政策の弊害が鮮明になっている。「魚は頭から腐る」という。日米政治の混迷は世界リスクになっている。
外交をディールとみるリスク
トランプ大統領は外交にもビジネスマンの手法を取るとよく言われる。しかし、それは正確ではない。本物のビジネスマンなら長期的視点を重視するはずだ。トランプ流の外交は目先のディール(取引)である。成果を求めてはったりを利かす手法は、外交の常道から大きく外れている。自分本位な言動は長期的な国際関係を損なうことになる。
米朝首脳会談によって、非核化など北朝鮮危機の打開を目指すのはいいが、成果がないなら会談しないなどというのは、外交の原則から外れる。国務長官に指名しているポンぺオ中央情報局(CIA)長官を「極秘」に訪朝させたが、首脳会談の事前調整がなぜ極秘である必要があるのか。劇的なニクソン訪中を前にしたキッシンジャー秘密外交とはまるで違う。「ポンペオ国務長官」の議会承認が危ぶまれるなかで、ポンペオ氏を売り出そうとする狙いなら、筋違いである。
北朝鮮を巡る力学読み違え
安倍首相は、中朝、南北朝鮮、そして米朝と続く多角的な首脳会談の大展開に、取り残されているようにみえる。予想もしなかった対話の季節が目の前で始まっているのに、ただ「圧力」を繰り返すだけでは戦略性にも柔軟性にも欠ける。核、ミサイルから拉致問題も含め何から何まで、トランプ頼みになっている。
安倍政権は北朝鮮を巡る国際政治力学を読み違えてきた。北朝鮮危機の打開は、結局のところ、大国である米中の出方しだいで大きく動く。北朝鮮が相手と想定しているのは米国であり、最も大きな影響を受けるのは中国である。北朝鮮の同胞としての韓国の存在も大きい。一方の米国だけをあてにするのでは著しくバランスに欠ける。安倍政権の中国とのパイプは細すぎる。「中国包囲網」の思考から抜け切らなかったからである。日韓関係もぎくしゃくし続けている。日中、日韓関係の改善に積極的に取り組んで来なかったツケが、北朝鮮問題での出遅れにも表れている。
日本が朝鮮半島の「非核化」に主体的にかかわろうとすれば、まず自ら唯一の被爆国として、核兵器禁止条約に参加するしかない。そのうえで、米中ロをはじめ核保有国に「核兵器なき世界」に向けて核軍縮を求めるのである。それが北朝鮮の核放棄につなげる道である。
中間選挙狙いの保護主義
トランプ大統領のすべての政策は11月の中間選挙に照準を合わせている。劣勢が予想されるだけに、支持基盤固めに保護主義はエスカレートするばかりだろう。深刻なのは、その排外主義思想が欧州にはびこる極右ポピュリズム(大衆迎合主義)と通じている点だ。
環太平洋経済連携協定(TPP)からの離脱を手始めに、北米自由貿易協定(NAFTA)の見直しに着手し、安全保障を理由に鉄鋼、アルミニウムの輸入制限を打ち出した。さらに、知的財産権保護をたてにして、「米中貿易戦争」を仕掛けている。
最大の経済大国が保護主義の張本人になるのだから、世界に保護主義の連鎖が起きるのは避けられなくなる。とりわけ米中貿易戦争の余波は、欧州連合(EU)やアジア全体を巻き込むのは必至である。
2国間の貿易赤字を「損失」とみるトランプ大統領の考え方は、経済学の原則から外れる誤りであり、相互依存を深めるグローバル経済の現実からかけ離れている。ロス商務長官、ライトハイザーUSTR(通商代表部)代表、ナバロ通商政策局長ら強硬な2国間主義者をそろえたトランプ政権は、時計の針を逆戻りさせようとしている。
「ノー」と言えなかった安倍首相
安倍首相の使命は、そんなトランプ大統領の保護主義にはっきり「ノー」を突きつけることだった。日米経済摩擦の苦い経験を踏まえて、2国間主義の弊害を説き、多国間主義への復帰を求めるべきだった。にもかかわらず2国間協議の新たな枠組みを設けることにしたのは、トランプ政権が求める日米自由貿易協定(FTA)への流れを容認することになりかねない。自動車や牛肉が標的になるのは目にみえている。
訪米するマクロン仏大統領とメルケル独首相はトランプ流保護主義にそれぞれ「ノン」「ナイン」を突きつける方針である。反保護主義でのEU首脳との連携こそ重要だったはずだ。
安倍政権の通商政策は、時代の潮流を読む戦略性に欠けている。米抜きのTPP11と東アジア地域包括的経済連携(RCEP)を結合し、アジア太平洋に自由貿易圏を拡大することこそめざすべきだ。そのうえで、米国を呼び込むのである。TPP、RCEPともに参加する日本の出番である。RCEPには中国が加わっており、米中貿易戦争を防ぐことにも役立つはずだ。
NAFTAの見直しでも口をはさむ必要がある。日本の進出企業への影響が大きいからだ。サプライチェーンなどグローバル経済の相互依存の現実を直視するようトランプ政権に求めることが肝心だ。
安倍一強政治の弊害露呈
トランプ流に迎合する安倍政権は世界リスクの責任を負うが、それだけではない。足元では霞が関が揺れている。財務事務次官のセクハラ問題は論外の不祥事だとしても、財務省では公文書改ざんなど問題が噴出している。しかし、官僚機構にだけ責任を押し付けるべきではない。「安倍一強政治」にこそ問題の根がある。
忖度(そんたく)は流行語にもなったが、手堅さで生きてきた官僚が公文書の改ざんといった民主主義の土台を崩すような大罪を、政治圧力なしに実行するはずはない。忖度とは責任の所在をあいまいにする言葉である。しかし物事には明白な理由がある。それを忖度の一言で片づける野党やメディアも無責任だ。民主主義の将来のために、安倍一強政治の問題点を徹底的に洗い出す必要がある。
安倍一強政治を担ってきたのは、「経済産業省内閣」と呼ばれる霞が関の経産省シフトである。首相周辺を固めるのは、経産官僚ばかりである。おかげで霞が関の中心にいたはずの財務省の影をすっかり薄くなった。財務省をめぐる不祥事からは、追い込まれた財務官僚のあせりが見て取れる。
「経産省内閣」の成長無策
問題は、その「経産省内閣」が政策の失敗を繰り返していることだ。アベノミクスはデフレ脱却のため出だしは、それなりに意味はあったが、財政、金融のリフレ政策に傾斜しすぎて、成長戦略がおろそかになった。世界の潮流であるデジタル革命は米国の新興企業が先行し、それを中国、欧州勢が追走する展開だ。日本企業の出遅れは顕著である。人口知能(AI)など先端分野での立ち遅れも深刻だ。成長戦略は起動していない。
エネルギー戦略でも、世界の主流になりつつある再生可能エネルギー開発の遅れが目立つ。先行する欧州はもちろん、アジア各国に比べても遅れている。いまなお石炭火力に依存するようでは、「環境後進国」のレッテルを張られる。「経産省内閣」の失策は明らかだ。
日本がいつまでもリフレ政策から出口に動けないのは深刻である。このままでは、日本経済の将来に大きな重荷になるだろう。世界がリーマンショック後の金融緩和からの出口戦略を打ち出しているときに、黒田日銀は超緩和を継続する姿勢を変えようとしない。国債の大量購入による事実上の「財政ファイナンス」を続けている。おかげで、財政規律は緩むばかりである。
本来、短期目標である基礎的財政収支(プライマリー・バランス)の黒字化はいつまでたっても達成できず、長期債務残高の国内総生産(GDP)比は2倍を超え、先進国最悪である。それだけで、財務省幹部は責任を問われる。にもかかわらず、だれ一人、リフレ政策の継続に抵抗してこなかった。
日本をおおう財政、金融の「複合リスク」こそ最も深刻な「安倍リスク」といえる。
「地球の敵」とは距離を
「魚は頭から腐る」はロシアのことわざである。世界にはびこる強権政治にその傾向はあるが、最も顕著なのは、日米だろう。その日米がいびつな「蜜月」関係を続けることこそ、世界リスクである。
少なくとも安倍首相は、トランプ大統領との距離を保つことだ。日米首脳会談で貿易をめぐって、きしみが生じたのはむしろ良い機会だろう。反保護主義を改めて鮮明にするとともに、地球温暖化防止のためのパリ協定への復帰を求めることである。「地球の敵」との蜜月は恥ずべきことだ。トランプ大統領の距離をどう保つか、世界はそれを見守っている。
<同感>経産省寄りなのは、祖父の岸信介が商工官僚だったからではないか。白洲次郎が命名した通商産業省はグローバル関係重視の命名だったが、それを嫌って経済産業省に改悪したのは許せない。